金曜日は部屋の掃除をします。といっても職場のね。
今日気付きました。掃除機1分かけるのが無理。心臓バクバク。
今までは会社では少しの洗物や掃除機はかけられていた。
でも、今日は心臓バクバクして苦しかった。
来週からどーしょー?デパス飲むか。
昨日はジムに行かず、実家に帰った。
子供達がいるとどうしても無理してしまう。なんでだろう?
明るく振舞ってみたり、力尽きて黙ってたり。
それなりに冗談言って笑って一緒に夕飯食べて私は先に上の部屋にいった。
もとの自分の部屋は父の書斎兼母の荷物置場となっていて二階の和室にいつも寝ている。
昨日飲んだ眠剤はその場で寝てしまうほどのものではないのだが、母がそこで寝てしもたらあかんから、はよ二階に行って寝。というので二階でテレビを見ていた。
これから私たち家族はどうなるんだろう?
でも、どうにかするのはもうやめよう。
自分のことで精一杯なのに、無理してしまうから、ダメなんだ。
病気を治さねば家事も出来ない。
それでも母は私に聞く
「今日パパが来たら何話したらいい?」と。
「そういうのをいちいち指示しないかんわけ?だから疲れる」
というとほんなら適当に話をするという。
こんな毎日に出口はあるのか?
誰かが空けないと出口はできないんじゃないのか?
いつもそういう気持に悩まされる。
出口は私が空けねばいけないのではないかと。
勝ち組と負け組は資本主義にはついてまわる仕方ないものなんだろう。
私は中学生までは勝ち組にいた。
小学4年の時、学級委員になったよと学校帰りに近所のおばちゃんと立ち話をしている母に報告した。母は「ふうん、なんで?」と聞いたので
何も考える事無く
「だって、私頭いいもん」
と答えた。すると「頭いいんやー!」と母も含めおばちゃんも笑った。
その瞬間、言ってはいけないことを口にしたと思った。
でも、このときから私は自分が勝ち組にいると思っていたんだろう。
中学では勉強が趣味だった。
いい点を取るのはゲームに近かった。
定期試験や実力テストはゲーム大会のようで楽しみだった。
周りの友達はなんで、解けないのか不思議だった。
偏差値が70以上あろう私立の女子高にも合格した。
でもお嬢さん風が嫌だった。型にはめられるのは嫌いだ。
あそこに行けば人生変っただろうと思う。
母はいつもそのことを悔やむ。
英語は難しすぎて寝ていて、ベルが鳴ってあわてて適当に書きなぐったのに、合格したのは他教科が良かったから救われたんだろう。
絶対合格するといわれていたまじめな優等生の子は落っこちたのに。
数学では灘高やラサールに行った子にも負けなかったから救われたんだと思う。
ところが、高校に入って一変する。
そりゃ、各中学のトップが入ってくるんだから。
私はアホやと自覚した。
ここから負け組生活が始まる。
親はでもそこんとこついて来られない。
何で点数が取れないかなじる。
あれだけ得意だった数学もついていけない。
文系しかないなーと思った。
それ以来ずっと負け組なんだ。私。
分相応なんだろう。
だけど旦那は違う。
英語が得意だった彼は私立だが偏差値68くらいの法学部に行き
国公立のエリートとあまり接する事もなく、自分は勝ち組だと思っていた。
家も莫大な借金をして建てた。彼の勝ち組精神がそうさせたのだろう。
私はそれを止められなかった。
でも、借金は私が払っている。
計画では彼は倍ほどの年収になっているはずだった。
バブルがはじけて計算は全て狂った。
そのしわ寄せは私に来る。
彼は今、国公立のエリートと仕事をし自分が負け組であることを少し理解し始めている。
でも、勝ちも負けも本当はないんじゃないの?
本人が幸せなら周りが負け組と言おうがいいんじゃないの?
そんなちんけなプライドなんて捨ててしまえ!!
と喧嘩の中怒鳴ったこともある。
彼には侮辱的な言葉だろうが、彼が勝ち組のプライドを捨てないとどうにも解決策なんてないと思うのだ。
でも、できへんのやろうなー。
旦那とは同じ高校なのだが、もちろん、成績は彼の方が良かった。
が、中ほど程度だ。
何が違うか。親にどんだけボロクソに言われたかの違いだろう。
彼は賢い人偉い人と親に扱われ、
私は努力しないダメな人間とののしられた。
塾の講師の仕事をしてたのもあるけど、子供の勉強は私はみてやれるが彼はすっかり忘れて分らないらしい。
ほんでも勝ち組か?あんた?
どーでもいいんじゃないの?思いやりとか優しさとか持ったものの負けなんて世の中おかしいよ。
勝ち負けは自分の中だけでいいんじゃないの?
と思う。
今日は秘密に書くことあるので、この辺で。午後から書きます。
今日気付きました。掃除機1分かけるのが無理。心臓バクバク。
今までは会社では少しの洗物や掃除機はかけられていた。
でも、今日は心臓バクバクして苦しかった。
来週からどーしょー?デパス飲むか。
昨日はジムに行かず、実家に帰った。
子供達がいるとどうしても無理してしまう。なんでだろう?
明るく振舞ってみたり、力尽きて黙ってたり。
それなりに冗談言って笑って一緒に夕飯食べて私は先に上の部屋にいった。
もとの自分の部屋は父の書斎兼母の荷物置場となっていて二階の和室にいつも寝ている。
昨日飲んだ眠剤はその場で寝てしまうほどのものではないのだが、母がそこで寝てしもたらあかんから、はよ二階に行って寝。というので二階でテレビを見ていた。
これから私たち家族はどうなるんだろう?
でも、どうにかするのはもうやめよう。
自分のことで精一杯なのに、無理してしまうから、ダメなんだ。
病気を治さねば家事も出来ない。
それでも母は私に聞く
「今日パパが来たら何話したらいい?」と。
「そういうのをいちいち指示しないかんわけ?だから疲れる」
というとほんなら適当に話をするという。
こんな毎日に出口はあるのか?
誰かが空けないと出口はできないんじゃないのか?
いつもそういう気持に悩まされる。
出口は私が空けねばいけないのではないかと。
勝ち組と負け組は資本主義にはついてまわる仕方ないものなんだろう。
私は中学生までは勝ち組にいた。
小学4年の時、学級委員になったよと学校帰りに近所のおばちゃんと立ち話をしている母に報告した。母は「ふうん、なんで?」と聞いたので
何も考える事無く
「だって、私頭いいもん」
と答えた。すると「頭いいんやー!」と母も含めおばちゃんも笑った。
その瞬間、言ってはいけないことを口にしたと思った。
でも、このときから私は自分が勝ち組にいると思っていたんだろう。
中学では勉強が趣味だった。
いい点を取るのはゲームに近かった。
定期試験や実力テストはゲーム大会のようで楽しみだった。
周りの友達はなんで、解けないのか不思議だった。
偏差値が70以上あろう私立の女子高にも合格した。
でもお嬢さん風が嫌だった。型にはめられるのは嫌いだ。
あそこに行けば人生変っただろうと思う。
母はいつもそのことを悔やむ。
英語は難しすぎて寝ていて、ベルが鳴ってあわてて適当に書きなぐったのに、合格したのは他教科が良かったから救われたんだろう。
絶対合格するといわれていたまじめな優等生の子は落っこちたのに。
数学では灘高やラサールに行った子にも負けなかったから救われたんだと思う。
ところが、高校に入って一変する。
そりゃ、各中学のトップが入ってくるんだから。
私はアホやと自覚した。
ここから負け組生活が始まる。
親はでもそこんとこついて来られない。
何で点数が取れないかなじる。
あれだけ得意だった数学もついていけない。
文系しかないなーと思った。
それ以来ずっと負け組なんだ。私。
分相応なんだろう。
だけど旦那は違う。
英語が得意だった彼は私立だが偏差値68くらいの法学部に行き
国公立のエリートとあまり接する事もなく、自分は勝ち組だと思っていた。
家も莫大な借金をして建てた。彼の勝ち組精神がそうさせたのだろう。
私はそれを止められなかった。
でも、借金は私が払っている。
計画では彼は倍ほどの年収になっているはずだった。
バブルがはじけて計算は全て狂った。
そのしわ寄せは私に来る。
彼は今、国公立のエリートと仕事をし自分が負け組であることを少し理解し始めている。
でも、勝ちも負けも本当はないんじゃないの?
本人が幸せなら周りが負け組と言おうがいいんじゃないの?
そんなちんけなプライドなんて捨ててしまえ!!
と喧嘩の中怒鳴ったこともある。
彼には侮辱的な言葉だろうが、彼が勝ち組のプライドを捨てないとどうにも解決策なんてないと思うのだ。
でも、できへんのやろうなー。
旦那とは同じ高校なのだが、もちろん、成績は彼の方が良かった。
が、中ほど程度だ。
何が違うか。親にどんだけボロクソに言われたかの違いだろう。
彼は賢い人偉い人と親に扱われ、
私は努力しないダメな人間とののしられた。
塾の講師の仕事をしてたのもあるけど、子供の勉強は私はみてやれるが彼はすっかり忘れて分らないらしい。
ほんでも勝ち組か?あんた?
どーでもいいんじゃないの?思いやりとか優しさとか持ったものの負けなんて世の中おかしいよ。
勝ち負けは自分の中だけでいいんじゃないの?
と思う。
今日は秘密に書くことあるので、この辺で。午後から書きます。
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